柴崎友香『寝ても覚めても』――モヤモヤたっぷりの良書
柴崎友香『寝ても覚めても』を読む。
謎の男・麦に出会いたちまち恋に落ちた朝子。だが彼はほどなく姿を消す。三年後、東京に引っ越した朝子は、麦に生き写しの男と出会う…そっくりだから好きになったのか?好きになったから、そっくりに見えるのか?めくるめく十年の恋を描き野間文芸新人賞を受賞した話題の長篇小説!
- 作者: 柴崎友香
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2014/05/08
- メディア: 文庫
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端的で詩情のある文章
柴崎友香の文章は、日常を淡々と、リズムよく、端的に表現していつつ、詩情がある。
夏は天気が悪かった。雨でも晴れても、蒸し暑いときも残暑のときも楽しかった。
天気のことにふれながら、「楽しかった」という簡単なことばで夏を振り返っているだけの段落があって、それだけなのに、その夏に朝子の感じていたことが伝わってくる。ことばを尽くさなくても詩情がある文章、いいんだよなぁ。
人が人を好きになるとは
朝子は自分の気持ちを深く考えることもなく、ただ「好き」という感情を原理に動いているように見えるのだけど、それでいて彼女の行動は、人が人を好きになるとき、何をもって「その人」として好きになるのか、そんなことを考えさせられる。
見た目、たたずまい、価値観、話し方やふるまい方、あるいは、共に過ごした時間……。あえて言葉にしてみると、身もふたもない答えしか返ってこないのかもしれない。
朝子はよく写真を撮っていて、視覚を外部化したり、今を過去として切り取ったりするギミックとしてうまいなぁ。
恋っていいよね、とは素直に言えないモヤモヤあふれる読後感
「好き」を原理に動く、という意味ではこれ以上ない「純愛」を描いた小説だとも言えるんだけど、朝子のやっていることは普通の物差しで観ると、超自分勝手でひどい。
人を好きになるって、そんなにいいことじゃないよね、そもそも、好きとか恋とか愛とかって、人の中に確固としてある感情じゃないんじゃないか……、そんなモヤモヤ感がたっぷり残る小説だった。
だからと言って、僕はこの小説がダメだ、とは全然思ってなくって、むしろ超好き。
恋愛のドキドキ感だとか、一途な愛だとかに感動! みたいに小説を感情のサプリメントみたいに読みたい人なら怒りだしそうな小説だけど、僕たちの現実の生のあり方に目を向けさせ、思わず考え込ませる力があった。