オランウータン日誌

保育士をしています。本と落語と自転車が好きです。

【レビュー】ジェーン・スー『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』――自虐の形をとった、自意識との戦いの記録

男性向け、女性向け問わず、モテや恋愛に関する本を読むのが好きです、オランウータン日誌です、こんにちは。


少し前に文庫化された、ジェーン・スー著『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』を読んでみたら、ライトな語り口で楽しく読めるだけでなく、著者の、女として自意識に葛藤しながら自分の人生を自分で切り拓いていこうとする誠実な姿勢に胸を打たれる。


名著だ。僕は泣いた。



主体的に、自分の人生を生きる喜び


ジェーン・スーは「未婚のプロ」を自称し、「独身は麻薬(シングルイズドラッグ)」と言い放つ。


ここでいう「未婚のプロ」とはモテないがゆえに結婚できない人のことでなくって、異性との交際はそれなりにあるけど、自分で築き上げた生活が楽しすぎて、結婚することなく30代を終えようとしているような女性のことを指している。お金もかなり持ってる模様。


未婚のプロはいわゆる「モテ・テクニック」にはなじまない。


たとえば「056 嫉妬させようと他の男から口説かれた話をしたことがある」。ほんと、どっかで聞いたような小手先のテクニックだ。未婚のプロがそんなことをしても、付け焼刃の演技では相手の男に意図がつつぬけで白けた気分にさせるだけだ。だってそもそも、未婚のプロ本人が、そんないじましいことをする自分を許せないのだ。


未婚のプロは、男たちが持っている「俺から言わせて」欲を無視して、自分からプロポーズ、その結果、男からドン引きされる。男たちが評価する「この女は自分の人生にどれだけ寄り添ってくれるか」という思いと相容れないほど、未婚のプロは主体性にあふれている(「005 あなたがすでにプロポーズしている。」)


そんな調子で、プロポーズされない101もの理由を書き連ねながらも、著者は落ち込むでもなく、むしろとっても楽しそうだ。


だって、自分の人生を、結婚という制度や相手の男に丸投げすることなく、自分で選んで生きているのだから。


彼女は言い切っている。

「相手のジャッジを待つ受け身な人生より、自分の好きなことを主体的にやっていく人生の方が楽しいと思うのですよ、私は」。

女としての自意識との格闘


どうやら未婚のプロなんて言っても、けっこう男からはモテるらしい、そして、仕事でも成功してお金にも不自由していないようだ。要するに主体的に自分の人生を切り開くことができるのも、結局は未婚のプロが一部の成功者だからじゃないか!


未婚のプロは、自分の人生を自分で選んで、独身生活を楽しんでいる……そんなことしか書かれていないのであれば、ひがみ交じりのツッコミを入れたくもなりそうなのだけど、この本は、未婚のプロとして生きる葛藤も描かれていて、独身貴族礼賛本とは一線を画す。


一人の個人として、がんばって働いて、まっとうな社会生活を送っているという自負がある。男は無力な女を守って喜ばせることを生きがいとしているらしいけど、「男に守ってもらう自分」を潔しとしない。


その一方で、心のどこかでは、「結婚していないと、女は不完全」という思い込みもあって、本当にこれでいいのかとも焦っている。


はたまた、実は男に甘えたいと思っている自分もいて、プロポーズぐらいはビシッと決めてほしいと思っている。


書き連ねられたプロポーズされない理由のはしばしからは、女として自立して生きることへの葛藤が垣間見える。


実はこの本は、プロポーズされないことを面白おかしく書いた自虐の書として読めるだけでなく、ジェー・スーがいかにして女としての自意識と格闘した末に「未婚のプロ」として楽しく生きる道を選んだか、という戦いの記録なのだ。

相手を自分の人生のために利用しない


主体的に生きようとする彼女は、恋愛関係にある男に過度な期待をよせないようにした。


煮え切らない男に対して「私のことを分かってくれない!」とひとりで憤慨することをやめて、素直に自分の願望を相手に伝えることを、彼女は繰り返し勧める。


小さなところでは、トイレの便座を男が下げないからと言ってキレないようにすることにはじまって、安定した職への転職を勧めたり、保険に入るように助言したりといった、相手の人生に関わるような選択に、過度に干渉しないこと。


相手を、自分の人生に最適化されたパーツとして利用するのではなく、一人の個人として尊重して付き合う態度を、未婚のプロとなった今、彼女は身につけつつある。だが、無理に相手を変えようとしない、なんていうのは当たり前のようでいて、けっこう難しくって、結婚を焦っている時には尚更のことだ。

今振り返るに、「自分の意思が尊重されてない」と不愉快になった男に対し、「ひどい!」と嘆くのはお角違いでした(原文ママ)。自分の考えを尊重しない女に対し、心を変えよう、プロポーズをしようなんて男がいないのは、冷静になればわかるはずです。そう、結婚を焦っているとき、私たちは冷静ではいられないのです。


だが、彼女は相手のことを全部受け容れろ、と言っているわけではない。彼女が勧める態度は一貫して明快だ。


いやなことや変えてほしいことがあるなら、理由と自分の気持ちをセットでつたえること、「たとえば便座ならば、世の女子便所はそれが洋式である限り、便座が上がっていることは決してないこと、便座の裏の排泄物の飛沫を見たり、触れたりするのが生理的に嫌なので、気分が悪くなることを穏やかに伝える」。*1


結婚に関しても、彼女はぶれない。


男が「結婚する気はない」と言うのであれば、こちらは真摯な態度で冷静に「私はいつか結婚したい」と一度だけ伝え、それでも変わらんのなら、はい、次行きましょ、次!


とはいえ、結婚というゴール以外は目指さない、なんてつまらないことは言わない。未婚のプロは人生の楽しみ方を知っている。たとえ相手が結婚には向かないタイプのダメ男であっても、彼が自分にとってかけがえのない存在ならば、めいっぱい付き合いを楽しめばいいじゃないかと彼女は言う。


ジェーン・スーは、男にプロポーズされるテクニックを教えるでもなく、そうかといって、自分のように未婚のプロとして楽しく生きようと引き込むのでもない。


自立しろ! 自分で考えて、自分なりの幸せを見つけるんだ! プロポーズされない理由を詳細に考察しながら、ジェーン・スーはそう叫び続けているのだ。


以上、オランウータン日誌がお届けしました。


*1:ちなみに僕も結婚するまでは便座問題を理解できなかったが、妻に理由こみで説明されて腑に落ちました