祖母とチャルメラちゃんぽんを作って食べる――生活のための料理はおいしい
オランウータン日誌です、こんにちは。
前の日に遊びに行くねと連絡しておいて、土曜のお昼前に祖母の家に行く。しばらく世間話をして、そろそろごはんにしようか、という話になる。
「チャルメラのちゃんぽんがあるから、それを作ろうかね。具をたくさん入れたらけっこうおいしいのよ」
――じゃあ俺やろうか。野菜を切って炒めたらいいんだよね。
決まり、と祖母はがさごそと冷蔵庫から具材を取り出す。キャベツ、白菜、しめじ、にんじん、さつま揚げ、きくらげ。冷凍の茹でいんげん、豚バラ肉、イカ、それに殻付きのエビ……。
――すごい、これが全部常備されてるの。
70歳になる祖母は、働きながら三人の息子を育て上げて、今は長男と二人暮らしだ。元気そうにしているが、昨年の今頃に癌が見つかって大手術をしたのだった。
「まあね、若いころからの習性だよね、これは。昔はさ、今みたいに夜遅くまでスーパーなんてやってなかったじゃない。石神井の西友が改札からそのまま行けたから、閉店間際に途中下車して買いだめてたのよ。なにかあっても困らないように、行ったらたくさん買っておくの」
俺がやるよ、なんて言ったくせに、エビの背ワタの取り方が分からないので祖母に教えてもらったりしながら、具材を切っていく。ざる一つには収まらない量。祖母と叔父と僕の3人で食べるとは思えないくらいたくさん。
「大きい鍋でゆでて、それぞれ勝手に取りわけることにしようか。そのほうが好きな量食べられていいでしょ」
そう言って祖母は直径35センチくらいの大鍋を取り出し、湯を沸かし始める。しょうがとニンニクのみじん切りを、こちらもとんでもなく大きくて深いフライパンで火にかけて、香りが立ったところで肉、魚介も炒める。だいたい火が通ったところで全部取り出し、残った油で他の具材を炒める。油が回ったころに塩胡椒して火を止め、麺と一緒の鍋に入れる。もうその時には、僕はすっかり洗い物係。
――なんだかすごいね。こないだ読んだマンガで家族の弁当作ってるシーンがあってさ、お稲荷さん作るのに砂糖大匙12、とか出てきて気が遠くなるような思いをしたんだけど、ばあちゃんにとってはそれが毎日だったんだもんね。
僕も4人兄弟の中で育ったのだけど、日常的に料理をするようになったのは一人暮らしを始めてからで、だから、大人数の料理を作るというのは実感を伴った想像ができない。
「そうするしかなかったからね。その時の習性が今もぬけないのよね」
――たいへんだったんだろうね。
「そりゃあ大変だったけどね。でも今振り返ってみると楽しかったよね。戻れるんならあの頃に戻りたいと思うよ」
そんな話をしているうちに5袋ぶんのちゃんぽんが茹で上がる。鍋敷きをテーブルに敷いて鍋のまま食卓に乗せる。
なんかすごい光景だ! なんて軽口をたたきながら、戻れるものならあの頃に戻りたい、と言った祖母の言葉に衝撃。
「たいへんな思いをして暮らしていたのに、年を取ってからこんなふうにのんびり暮らせてるんだから、とてもありがたいもんだよね」
ちゃんぽんを食べながらそう話すのも祖母の本心には違いがないのだろうけど、さっきの言葉にはしみじみとした実感がこもっていた。
育ち盛りの息子たちの胃袋を満足させる料理を、限られた時間の中で作るのはたいへんに決まっていて、必ずしも凝った料理を作れはしなかっただろうけれど、生活のために、ぺこぺこのおなかを満たすために、生活の知恵を凝らしてきた時間は、はたから見ると大変そうでも、きっと充実していたんじゃないか。
大鍋で食べるちゃんぽんは、いろんな具材の味が混ざり合っていて、袋入りインスタント麺とは思えないほどおいしくって、たらふく食べられた。
以上、オランウータン日誌がお届けしました。
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