ママをやめてもいいですか!?
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YouTubeで無料公開されていたので「ママをやめてもいいですか!?」を見る。
母親も不完全な一人の人間であるという、ごく当たり前のことが感じられて、そうして、不完全な人間が不完全なりに現実と向き合っている様子はとても愛おしくて、泣けてくる。
不完全でも、いるだけでいいんだよ。
親だからなんて気負わず、好きな気持ちや大切に思っているということは、言葉や仕草で素直に伝えればいいんだよ。(何で大人になると難しくなってしまうんだろう……)
映画で取り上げられていた一組の親子を観て、えらい感激しながらそんなことを思う。
ただ、感動しただけではなくて、「家族」の制度的無理感と、「(母)親」への過剰適応の危うさも強く感じた。
映画に出てくるどの家族も大変そうで、身も蓋もない感想を言うと「家族」という制度だけで経済的な自立から子育てまでをすべて担うのは、はっきり言って無理だと感じてしまう。
周りをもっと頼ってください、抱え込まないでください、ということは、この映画の中でも言及されているし、福祉の現場ではあたりまえに言われていることだ。
だけど社会を見渡してみると、子育ては「家族」、とりわけ「母親」が行うのが基本で、周りはあくまでその家族、母親をサポートする、という構図が一般的だ。
抱え込むなという割に、自助、自己責任、つらいときにヘルプを求めるのも「家族」からの発信でっていうのは、ちょっと冷たすぎるのではないか。もう子育て世帯みんな、子育てひろばにでも保育園にでも来て、一緒に子どものことを考えていけるようにしたい!
母ー子のつながりを過剰に重要視することは、西洋近代以降に特徴的な見方だ。それがいいか悪いかは措くとしても、実情にそぐわないということだけは確かであるように思われる。人類史的にも、日本の地域史的にも、共同での子育てはかなり自然なことなので、みんな、とにかくひろば的なところでも、保育園的なところでも頼っていいし、頼ってみんなで子育てするのは当たり前のことなんだよ、そんな風に子育て世帯に伝えていく必要があることを感じた。
もちろん、「(母)親」という役割はやりがいもあるし、そこにアイデンティティを見出す人がいることを否定するつもりは全然ないんだけど、それでも、過剰適応は何であれ危険をはらむ。親なんて鎧は脱いでしまって、一人の不完全な人として、できることを、みんなと一緒に、できないことがたくさんで助けが必要な一人の人(子ども)と、ゆったりと付き合っていけばいいんじゃないかな。
そんなことを思った。