オランウータン日誌

保育士をしています。本と落語と自転車が好きです。

どうやって相手の気を引く?

思いを伝えようとする姿って素敵だ。自然と目を向けたくなる。そんなことをこないだから考えてる。きっかけは犬だ。


友だちとごはんを食べに行ったときに、隣の席のゴールデンレトリーバーがときどきこちらのテーブルに来て、私たちに背中を向けて座る、ということを繰り返していた。


かわいいねぇ、とか言い合ってなでていると、飼い主のおじさんが嬉しそうに解説を始める。


「背中を向けるのはね、なでてもらいたいっていうサインなんですよ。大きい犬だから、こういうふうにした方がなでてもらいやすいでしょう?」


それを聞いた私たちはますますその犬がかわいくなって、背中に限らず、頭からお腹からぐりぐりなでまわしてやって、私たちも犬も、互いにふれあい欲を存分に満たした。「こうして欲しいんだ!」という思いがこちらに伝わると、その思いを満たしてあげたくなる。そしてその欲を満たしてやると、満たされた方だけでなく、満たしてあげた方も幸せな気持ちになる。


どんなことであれ、自分の欲求をストレートに表現する姿は超かわいいし、お互いが幸せな気持ちになるいい関係を生むのだ。


自分の思いをストレートに伝える勇気


今度は子どもの話。


1歳児と風船で遊んでいたときに、ある子どもは風船を渡したとたんに、自分の手の動きに合わせてフアフアする風船に大興奮して、ちょっとびっくりするくらいバタバタ手足を動かして、風船をボンボンいわせながら大声をあげてよろこんでいた。しばらくすると風船のヒモを持って、ふり向きふり向きして風船の動きを確かめつつ走り出したりもして、風船遊びに没頭していた。


他人の目を気にせずにその人らしさを発揮していると自然に人の目を引く。その人が一生懸命「楽しい!」と感じている姿は人を微笑ませるのだ。


そんな風にして「楽しい!」を周りにふりまいている子どもがいる一方で、ある子どもは、わざと風船をよそに放り投げたり、保育士が別の子どもと遊んでいるところに割り込んできたりして、なかなか自分の遊びを楽しもうとしない。


たぶん、わざと望ましくない行動をして人の気を引こうとしているんだろうけど、そんなのってかわいくない。いや、もちろんかわいいんだけどね、大人として、その手に乗っちゃいけないと思う。


悪いことをしたら相手がこっちを見てくれる、なんてコミュニケーションの方法を身につけたら、将来やっかいな人間関係を築く可能性が高くなってしまうと思う(だから、時には「あえて無視する」という関わり方だってありうる)。コミュニケーションは学習されるものであり、相手とのかかわりかたのテクニックは、一つひとつの経験の中から身についていくものなのだ。


自分の気持ちをストレートに表現するって、言うほど簡単なことではなくて、すごく恐いし、勇気がいることだと思う。だから、つい素直じゃないやり方で相手の気を引こうとしてしまいがちだ。


でも、自分が「楽しい!」と感じていて、「楽しい!」と感じているありのままの姿を周りの人に受けとめられる、という経験が多いと、大人になったときに、自分の気持ちを素直に伝える勇気を持ちやすくなるんじゃないか。「楽しい!」を共有する経験って大切だと思う。そういう経験が基礎にあってこそ、自分の気持ちをストレートに表現することができるようになるんだと思う。


以下蛇足です。


大人になった私たちの周りにだって、子どもと同じように、自分の好きなことをしているうちに、自然に周りに人が集まってくる人と、権謀術数、手練手管を駆使して人の気を引こうとする人とがいる気がする。


どっちの人と付き合っていきやすいかというと、当然、自分の好きなことをして輝いている人だ。……と断言しそうになったが、相手のことをすごく上手に振り回して惹きつける人も世の中にはいて、そういう人がダメかというとそんなことは全然なくて、むしろ魅力的なので、いつの間にか私の女性の好みの話にすり替わってるけど、素直でも、ややこしくても、人を不幸にするようなことがなければ、まあいいのかなと思います。